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和歌山地方裁判所新宮支部 平成元年(ワ)34号 判決

原告

熊野交通株式会社

被告

熊野川運送有限会社

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自一二〇〇万円とこれに対する平成元年九月二九日(訴訟送達の日の翌日)から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、通勤途上交通事故により死亡した従業員の雇用者が交通事故の加害者らを相手に不法行為による損害賠償を求めている事案である。

一  被告らが明らかに争わない事実

1  原告は、一般運送事業を営んでいる株式会社であり、訴外間下充康を自動車整備士として雇用していた。

2  右間下は、平成元年六月二三日午前六自三分ころ、三重県南牟婁郡御浜町阿田和四九二六番地一国道四二号線上で、軽四貨物自動車を運転中、被告蛭子運転の普通貨物自動車に追突され死亡した(以下、「本件事故」という)。

3  本件事故は、被告蛭子の前方注視懈怠の過失によつて発生したものであり、同被告は民法七〇九条により損害賠償義務がある。

4  被告蛭子は、被告熊野川運送有限会社(以下、「被告会社」という)の従業員であり、被告会社の業務として前記自動車を運転中本件事故が発生した。従つて、被告会社は、民法七一五条により損害賠償義務がある。

5  本件事故は、間下が原告会社への通勤途上に発生した。

二  争点

原告主張の次の損害の有無である。

1(一)  原告は労働組合との労働協約において、組合員が通勤において死亡した場合、遺族年金の受給資格者に対し、労災法に定める金員の外、一時金として平均賃金の一〇〇〇日分(その金額が一二〇〇万円に満たないときは一二〇〇万円)を支給する旨定めている。

(二)  原告は右労働協約に基づき、平成元年七月七日、間下の遺族に対し、一二〇〇万円を支払つた。

(三)  近時、労働者保護のため企業独自の補償規定を設ける企業が多くなつていることは経営者であれば認識できるし、企業で働く労働者であればこれまた認識できる。そして、その補償金額一二〇〇万円も社会的に相当な範囲内である。従つて、原告の右一二〇〇万円の支払は、本件事故と相当因果関係にある損害である。

(四)  なお、労働協約に基づく一二〇〇万円支払の趣旨は、遺族の加害者に対する損害賠償請求権には何らの影響を及ぼさないものとして、即ち、遺族の損害につき損益相殺の対象にならず、また、遺族の加害者に対する損害賠償請求権の代位移転が生じないものとして支払つたものである。

即ち、遺族は、その被つた損害全額を請求でき、これに加えて、原告らも相当因果関係にある損害として一二〇〇万円を請求できるものである。

2  仮に、右一の主張が理由がないとしても、

原告は雇用契約に基づき、間下から労務を受ける債権を有していた。本件事故により、原告は間下から労務を受けることができなくなり損害を被つた。

間下は勤続二八年の従業員であり、唯一といつてもよい整備管理者で、有資格者であつた。現在も間下に代わる人物を見つけ出していない。原告はかたりの時間をかけて整備管理者を育てて行かなければならない状況にきている。

第三争点に対する判断

一  争点1について

甲第二・三号証、証人芝崎浩巳の証言によれば、争点1(一)、(二)の事実が認められる。

しかし、右一二〇〇万円の支払は、遺族の加害者に対する損害賠償請求権には何らの影響を及ぼさないものとして、即ち、遺族の損害につき損益相殺の対象にならず、また、遺族の加害者に対する損害賠償請求権の代位移転が生じないものとして支払つたのであるから、遺族の加害者に対する損害賠償請求権と原告に対する労働協約上の右一二〇〇万円の支払請求権とは相互に全く無関係な原因によつて発生したものと言わざるを得ず、従つて、原告が右一二〇〇万円を支払つたことをもつて、本件事故と相当因果関係にある損害とはいえない。

二  争点2について

原告が間下から労働契約に基づく労務を受けられなくなり、個々具体的な損害を被つた場合、その損害の内容によつては、本件事故と相当因果関係にある損害と認められる場合も存するが、本件において、間下から労務を受けられなくなつたことにより原告が個々具体的な損害を被つた旨の主張立証はない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 東畑良雄)

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